kiss
最初はkissをテーマにした連作ss集のつもりがなんかだんだんよく判らなくなり…
今回随分改めてみましたがとにかく恥かしい、ですね。
なんかただの宍鳳ネタメモになってきたけれども(最終20060105)
思いが願い、
「宍戸さんっ」
祈りになる瞬間があるって知った。
「…寒いです」
上半身の衣服を脱がされた僕はあわ立つ自分の腕の表面を眺めながら思ったままに口にした。
ベットで向かい合う二人を包む部屋の空気は着衣を脱いでとても平気でいられるものではなかった。
「お前ってけっこう場を読まねぇよな」
同じく裸の上半身を見せる宍戸さんが呆れたように言って動きを止めた。
「この場面でんなこと言うか?」
ふつー、と声にならない言葉を口して宍戸さんは僕の肩に顔をうずめた。
言われてみれば、
「あははは…」
そうだ、と気がついて僕は肩に乗る宍戸さんの頭に頭を寄せた。
すみませんと謝ると首筋にふわっと彼の笑みがこぼれて肩のくぼみまで流れた。
冷えた肌に人息は心地良かった。
うっとりと僕が目を閉じた時、背後に回っていた宍戸さんの腕が持ち上がり反対の肩を掴まれた。
その時になって僕は一瞬忘れかけた、
今更だけど僕らがどういうことをするつもりで服を脱いだのかを思い出した。
同じく忘れていた照れも一緒に思い出して僕は、固まった。
なんて間抜けだろう。
なんか違っているなと落ち込みながら顔が赤くなるのを感じた。
僕は彼の視界にその色が見えていなことを感謝した。
首の後ろにあたる腕から、肩から、触れている箇所から彼の体温が伝わってくる。
口にするには恥ずかしい愛しさがこみ上げてきた。
乾いた胸に胸を引き寄せられた。
好き、好き、
「まだ寒い?」
好き。
宍戸さんはくつくつと腹を抱えるかわりのように僕を抱える。
押し潰された胸の隙間で心音が震えた。
大好き、だ。
呪文のように唱えて、僕は僕を幸せにする温もりにしがみついた。
何も言わない彼が顔を上げ、無表情な唇が手に、
「んっ」
指に、
「宍戸さん…」
それから唇にキスを落とす。
指先から肩まで、張っていた緊張がほどけていく。
魔法を解いた口付けが再び、
「…長太郎」
別の魔法をかけるようだ。
幸せで満たされる体で彼にぶつかりながら、僕ははにかんだ彼の頬にする。
キス、を。
昔のことを思い出した。
その耳に一番最初に届く、
「長太郎」
キス。
名前を呼ぶ宍戸さんの声が僕が望むことのできる精一杯だった。
頃があった。
なんだろうか。
期待と不安と相反する感情が波立ち、
「はっはいッ」
声音が染み込む速度で期待へと傾く。
僕は彼が僕を呼ぶのが好きだった。
それ、今、この瞬間。
他の誰かじゃなくて僕を、僕だけを呼んでくれるタイミングを無価値なものだなんて、
ただの時間の流れだなんて言えない。
そういう、
「なにどもってんだ?」
時間と運命と、
「え?」
僕と彼のそれが重なる瞬間を何度繰り返しても再び願う。
運命だと思う。
そんな言葉、さして価値があるとは思えないけど願いを込めるには、
子供に飲ませる薬の甘味みたいにそういうものが大事なこともあるよ。
何でもないと首を振る僕を前にして自分から呼んだくせに宍戸さんが言い出しにくそうに、
「あのさ」
でもけして言いたくないわけじゃない怒ったような照れた顔で僕を見た。
顔と顔が向き合う。
視線と、視線が交差して目と目でしたキスのような瞬き。
言葉はまだだけど僕の胸は期待寄りの予感に鳴る。
その唇が紡ぐのはどんな言葉だろう。
「お前の…………」
「…はい」
「一番好きなものってなんだ?」
何を観念したのだろう。
「…えーっと」
受け入れた顔で吐かれた言葉に僕が反応する間に宍戸さんは息を吐き、慌てたように吸った。
一番好きなもの?
何を問われるのかと身構えた僕を襲ったのは拍子抜けするほど簡単な問いで、
「そんなの答えるまでもないじゃないですか」
僕はどうしてそんな問いを慎重に口にするのかそれの方が判らない。
「いやだなー」
そんなの、
「一番決まってる問いじゃないですか」
僕は自信を持って答えた。
「決まって、る?」
宍戸さんは意外なものを聞いたかのように目を丸くした。
「はい」
きっぱりと頷いたらどうしてか宍戸さんは口をつぐんで僕の顔を睨んだ。
そんなの、
「宍戸さん」
に決まっているじゃないですか。
僕は僕のたった一つの真実のようにしっかりと答えてこめかみを押さえて目を瞑る、
「宍戸さん」
を見て彼の肩を叩いた。
何言わせるんですか。
「宍戸さん?」
僕は黙って、あさってを向いた宍戸さんのつむじを見下ろした。
なんだろうか。
「どうしたんですか?」
何か僕は、どこかで間違えたんだろうか。
呼びかけるもさっきまでこちらを、僕をうつしていた宍戸さんの目は少し細められ、
遠くを見る横顔ってものが訳がなくても不安を煽るものなんだって僕は知った。
気持ちのあるなしじゃない。
信じるとか信じないとかとも、違う。
嫌、だな。
足元に落ちる影が嫌だ。
宍戸さんの髪の毛の先を目に入れながらそれ以上俯けない僕は目を閉じた。
嫌なものは見ないに限る、場合もある。
目を開けたら好転に回っているかもしれないじゃない?
「ばーか」
目を開けたら絆創膏を巻いた指先が目の前にぴしっと突きそうな距離であてられた。
しばらくそうやられているとそれ以上来ることはないと判っていてもムズムズして、
眉根を寄せたらその皺をくすぐられた。
「…………何したいんですか?」
「なまいきな」
それはこの口か、とニヤついた宍戸さんは僕の唇の下を摘んで笑った。
「あの…」
「なに?」
「それじゃ息ができないんですけど」
顔を近づけてきた宍戸さんを僕は睨んだ。
休むほどじゃないけど、体はだるい。
「鼻ですればいいだろ?」
無茶なことを言う。
「風邪ひいてるって」
今日は遠慮して欲しいと思いその顔を押し返す僕の腕を片手掴んで、
「それぐらい気合でどうにかしろよ」
宍戸さんはもう片方で顎を掴み親指で唇を触った。
「あのですね」
「嫌なわけ?」
そんなことはあるわけがない。
でも、
「そうじゃなくて」
つまりそういうことだ。
良いとか悪いとかじゃなくて無理なものは無理だ。
「なんとかしろ」
「出来ることと出来ないことがありますよ」
唇から中に入ってきそうな指の先、爪を噛んでやった。
なのに、
「なんとかしちまうのが…」
「え?」
「…だろ?」
そんな事を言われたら困るじゃないか。
耳元に口を寄せて囁いてきた言葉に僕は口元にあった宍戸さんの手首を両手で掴んで、
「そんな脅迫」
聞きませんよと言ってその手をひっぱった。
手首をとられた宍戸さんは目を細めて僕を睨んだ。
負けじとうつったらどうするのだと睨み返すが、
「うつせばいいじゃん」
軽く言う。
「宍戸さん」
「もともと、俺がうつしたんだから」
「ちょっと」
「ほら」
そう言うことじゃないのだと、
「宍戸さんっ」
名前を呼んで逃げる僕に、
「いいじゃん」
何度目になるかの言葉を吐いて顔を近づけてきた。
「じゃなくて、お願いしてんだよ」